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松屋創業精神

一.人の喜びを喜びとしよう

人生の原点であり、この仕事の原点。
お客様が喜んでくれる。その姿 を見るのがうれしい。しあわせ。
スタッフが成長する。その姿を見てうれしい。しあわせ。
店・会社がどんどん活気づき、お客様が絶えない。そうなっていくのを見てうれしい。しあわせ。
家族の幸せそうな笑顔。その姿を見るのがうれしい。しあわせ。
友人が笑ってくれる。それがうれしい。しあわせ。

そして、なにより自分がそれに貢献している。お役に立っている。
そのことがとてもうれしい。本当にしあわせ。

自分の人生は1度きり。そして、自分の人生は誰のものでもない。
自分の人生は自分のもの。自分が主役。自分を大切にしたい。

しかし、自分の人生は自分のためにはない。誰かの、何かの、お役にたつためにある。
それを実現したい。その実現を目指す自分でありたい。
あの人に喜んでもらうために、今日も1つ何か行動したい。

一.はい喜んで一所懸命生きよう

仕事をするうえで、いろんな仕事がある。
難しい仕事・簡単な仕事。得意な仕事・不得意な仕事。しんどい仕事・しんどくない仕事。やりたい仕事・やりたくない仕事。

自分の状態も、いろんな状態がある。
元気な時・疲れている時。いい事があった時・嫌なことがあった時。

どんな時も、目の前には仕事がある。自分がなすべき1番大事な仕事がある。
どんな時も、お客様は訪れる。そんな時、どんな時も「喜んで」目の前の仕事に取り組みたい。
どんな時も「笑顔」でお客様を迎えたい。

今この瞬間、仕事に没頭できるか。
今目の前のお客様に喜んでもらうために全力を尽くせるか。
それができる人に、仕事も、人も、幸せも集まる。
新たな未来とは、この「今」「ここ」「この瞬間」に全力を投じることでしか訪れない。
明日は今日頑張ったものにのみ訪れる。
「喜んで」「一所懸命に」生きた人に明るい希望に満ちた明日が訪れる。
そんな生き方を私はしたい。

一.人の和をもって生きよう

仲良くありたい。
相手の立場に立ち、「ありがとう」と「ごめんなさい」を素直に言い合える関係でありたい。
相手がいるからこそ自分が生かされている(活かされている)ことに感謝できる自分でありたい。
窮地におちいっている仲間に手を差し伸べるやさしさを持ちたい。

しかし、それでいてなれ合いではない。
競争し・刺激し・切磋琢磨(せっさたくま)しあう関係でありたい。
お互いが遠慮なく意見を言い合える関係でありたい。
「誰が正しく、誰が悪いのか」ではなく「何が正しく、何が悪いのか」という立場で意見を言い合いたい。
相手を落として自分を上げるのではなく、まず自分の努力で自分を上げたい。
そして、お互いに自分を高めあう中で、長所を認め合い・足しあって、短所を理解しあい・補い合う関係になりたい。
同じ目的・目標に向かって、お互いの力を足し合うとき、1人では決して達成できなかった、かつてないほど素晴らしい成果をつかむ。
1人では決して到達できなかった、かつてないほど遠くまでたどり着く。
そんな瞬間を迎えたい。
その喜びを共に分かち合いたい。
そこまで来れたことに相手に感謝し合いたい。
そして、その過程をも一緒に楽しみ合う関係でありたい。

一.目標に向かってなせるまでやり抜こう

目標を達成するには、まず目標を「決め」なければならない。
目標は「高く」なければならない。
全力で手を伸ばした1㎜先に設定しなければならない。
目標を決めたらまわりに「宣言」しなければならない。

そのうえで、「自らが」先に、そして「すぐ」やらなければならない。
今やらない人は、明日もやらない。
常に時間はない。
短い時間の中で、頭がちぎれるほど考えて、精一杯汗を流して、あらゆる手段を尽くさねばならない。

それでも失敗する。
失敗するのは構わない。
それが「全力」である限り。
学べばよいのだ。
100回目のチャレンジが失敗すれば、101回目にトライする。
それを続けてれば必ず目標に到達する。
そんな未来の自分になりたい。

一.食と焼肉を通じて家族円満社会の喜びに貢献しよう

私たちが、日々仕事をするのは、単に生活をするためではない。
私たちが日々お客様をお迎えするのは、それが義務だからではない。
私たちは、単に焼肉を売っているのではない。
「喜び」の時間を売っているのだ。
「団らん」のひとときを売っているのだ。

来られたお客様が、お店に入る前よりも、お店を出た後のほうが、幸せになっている。
私たちの商品を介して、私たちの笑顔を介して、より家族の会話がはずむ。
より友人たちの仲が深まる。
笑顔が輝く。
すべての仕事はそのためにある。
すべての作業はそのためにある。

私たちの仕事は、「食」と「焼肉」を通じてお客様に幸せを提供すること。
同時に、お客様の幸せのお役にたっている自分も幸せになる。
その時、仕事以外の人間関係においても、家族に、友人に、先輩に、後輩に、お隣さんに、同じように、幸せを提供しようと思える自分に出会う。
自らの心の成長に気づく。
その継続の先に、「出会えてよかった人生」がある。

星の数ほどある飲食店から、私たちのお店を選んでよかったと思っていただけるお客様に出会う。
この会社で、この店で、あなたと働いてよかったと思ってくれる仲間に出会う。
あなたと知り合えてよかったと思いあえる家族に出会う。
友人に出会う。
そんな豊かで幸せな未来を実現したい。

一番のサービス

君は絶えず光明を撒いて歩く
愉快な人間を見たことはないか
君は絶えずその唇に
幸福な微笑みをただよわし
会う人ごとに
幸福を移して歩く人間を見たこと
はないか
君は表情がどんなに伝染力の
強いものかを
経験したことはないか
君は与えることがないことを
嘆いてはならない
幸福な表情は与えることが
できるのだ

子供の顔を見るとき
夫の顔を見るとき
妻の顔を見るとき
兄弟の顔を見るとき
姉妹の顔を見るとき
お隣さんに挨拶するとき
街で知った人に会うとき
君が幸福な表情さえすれば
君は幸福を与えて歩く
幸福な表情をした人間は
幸福を撒いて歩く
愉快な表情をした人間は
愉快を撒いて歩く
それは物を与えるよりも
いっそう好いサービスであるのだ

一.笑顔こそ究極のサービス

人間はいいことがあると笑う。
楽しいことがあると笑う。
それが普通である。
世の中の多くの人はそうである。
逆に、嫌なことがあるとムスっとする。
悪いことがおきると表情が沈む。
どちらでもない時は、どちらでもない表情をする。
それが普通である。
世の中の多くの人はそうである。

しかし、そうでない人がいる。

いいことがあったわけでもないのに、笑“おう”とする人がいる。
笑い“かける”人がいる。
嫌なことがあっても、嫌なことのいい面を“見よう”とする人がいる。
悪いことがあっても、悪いことを笑い飛ば“そう”とする人がいる。
たとえすれ違いがあったり、喧嘩をしていても、
常に自分から歩みよりあいさつを“しよう”とする人がいる。
そういう人の表情は、常に笑顔である。
愉快な表情である。
幸福な表情である。
そういう人の周りには人が集まる。
笑顔を見ると幸せな気持ちになるからだ。
集まった周りの人は幸せな気持ちになって、自然と笑顔がこぼれる。
気づくとその人は笑顔に囲まれている。
沢山の人の、沢山の笑顔に囲まれている。
自然、その人は幸せな気持ちになる。
笑顔になれる。

人間が一番尊いのは、「意志」があることだ。

笑顔がいつも素敵なことが、素晴らしいのではない。
ただ、最初の一歩、相手に幸せになってほしいと思い、
自ら笑顔に“なろう“としたことが素晴らしいのだ。

幸せだから笑うのではない。笑うから幸せなのだ。
そういう人に私はなりたい。